メンタルの強い弱いは先天的か 成果を出し続けるハイパフォーマーから分析
TOMOYUKI SHIMAWAKI(島脇 伴行) トレーナー/ヘルスコーチ|BODY DIRECTOR
参考文献:査読済み臨床試験・系統的レビュー
- ●メンタルの強さは生まれつきではなく、”状態”としてコントロールできるものであること
- ●良い精神状態を支える3つの土台(思考の癖・生理学的コンディション・自己肯定感)
- ●筋トレ・有酸素運動が精神状態に与える生理学的な影響
- ●食事と睡眠が精神的な安定にどう関わっているか
- ●なぜ「知っている」だけでは変わらないのか、個別最適化が必要な理由
「あの人はメンタルが強い」「自分はメンタルが弱いから」。私たちは日常的にこの言葉を使いますが、私はこの表現をあまり使いません。メンタルの強さ・弱さというのは、性格でも才能でもなく、”状態”の問題だと考えているからです。状態であるということは、整えることができるということです。この記事では、なぜ私がそう考えるに至ったのか、そして状態を整えるために何ができるのかを、現場で見てきたことと、身体の仕組みの両面からお伝えします。
<体験談> プレッシャーの中でも崩れない人が、実はやっていること
これまでトレーナーとして、経営判断や大きな責任を背負う立場の方々のセッションを数多く担当してきました。その中で気づいたことがあります。プレッシャーの中でも崩れない人たちは、決して「精神的にタフな性格」をしているわけではなかった、ということです。
むしろ、感情が動くこと自体は普通の人と変わりません。緊張もするし、不安にもなります。違っていたのは、崩れた状態から立て直すまでの速さと、崩れ方の”幅”でした。感情が揺れても、極端に振り切れず、比較的早く元の状態に戻ってくる。これは性格というより、身体のコンディションが整っているかどうかに強く左右される、という印象を私は持っています。
メンタルの強い弱いは、性格ではなく「状態」で決まる
「メンタルが強い/弱い」という表現は、あたかも生まれ持った固定的な性質であるかのように使われがちです。しかし、これは適切な表現ではないと私は考えています。同じ人でも、ある時期は物事に動じずにいられるのに、別の時期には些細なことで感情が乱れる、ということが起こります。性格が数ヶ月で変わることは通常ありません。だとすれば、変化しているのは性格ではなく”状態”だと考える方が自然です。
この記事では、メンタルという言葉を「脳の機能が正常に働いている状態」と定義し直して話を進めます。正常化とは、マイナスをゼロに戻す力、つまりレジリエンス(回復力)がきちんと機能している状態のことです。記憶、目の前の作業、思考、感情。これらが極端に振れることなく機能している状態こそが、私たちが日常的に「メンタルが強い」と呼んでいるものの正体ではないか、というのが私の見立てです。
脳の実行機能から見る、”メンタルの正体”
動きの”ゆらぎ”が教えてくれること
生理学の世界には、「1/fゆらぎ」という考え方があります。心拍や歩行のリズムを詳しく調べると、健康な人ほど「一定すぎず、バラバラすぎない」独特のゆらぎ方をしていることがわかっています。これは生体が周囲の変化に柔軟に対応できていることの表れだと考えられています。
Wayne氏らの研究(Contemporary Clinical Trials誌)では、心拍や姿勢の揺れ、歩行のリズムをフラクタル(自己相似性)の指標で測定し、老化や機能の衰えとともに、このゆらぎが失われ、動きが硬直的または無秩序になっていくことが報告されています。同様に、Sosnoff氏らの研究(The Journals of Gerontology誌)でも、加齢とともに、こうしたゆらぎの構造に体を適応させる能力が落ちていくことが示されています。
感情・記憶・思考も、同じ脳の仕組みで動いている
ここからは私見になりますが、姿勢や動きの”ゆらぎ”の乱れは、単に筋肉や関節の問題ではなく、脳の中でも実行機能を担う前頭前野による制御の反映だと私は捉えています。実際、Nguyen氏らの研究(Frontiers in Medicine誌)では、歩行中の脳活動を計測したところ、歩行の質が高い人ほど前頭前野がうまく機能しており、実行機能のテスト成績とも関連していたことが報告されています。Udina氏らの研究(Journal of Alzheimer’s Disease誌)でも、歩行と認知課題を同時に行わせる実験で、歩行の質と前頭前野の働きに明確な関連が確認されています。
感情のコントロール、集中力の維持、記憶の呼び出し。これらはすべて前頭前野を中心とした脳の実行機能です。動きの”ゆらぎ”が脳の制御レベルを映し出しているのだとすれば、メンタルの状態もまた、同じ脳の機能の延長線上にあると考えるのが自然です。これは複数の研究領域を私なりに組み合わせた解釈であり、確立された定説ではありません。ただ、新しい見方を提示することも、この分野に長く携わってきた者の役割だと思っています。今後、この考え方が誤りだと分かれば、その時に修正すれば良いことだとも思っています。
良い状態を支える3つの土台
思考の癖を整える
同じ出来事に対しても、人によって受け取り方は大きく異なります。この受け取り方の癖は、いきなり性格を変えるようなアプローチではなく、日々の習慣の積み重ねで少しずつ変化していくものだと私は考えています。
身体のコンディション(筋トレ・有酸素運動・食事・睡眠)
前頭前野を含む脳の機能は、血流・酸素供給・血糖値の安定・睡眠の質といった、身体の生理学的な状態に大きく依存しています。適度な筋力トレーニングや有酸素運動は血流を促し、脳への酸素供給を助けます。食事の内容やタイミングは血糖値の乱高下を通じて集中力や感情の安定に影響しますし、睡眠不足は前頭前野の働きを直接的に低下させることが知られています。「メンタルを鍛える」というと精神論に聞こえがちですが、実際には身体のコンディションを整える作業そのものだというのが私の考えです。
自己肯定感・自己高揚感との関係
自分自身をどう評価しているか、達成感をどれだけ感じられているかも、精神状態の安定に関わってきます。これは思考の癖や身体のコンディションと独立したものではなく、互いに影響し合っている土台の一つです。
<体験談> 知っているのに、変われなかった人
セッションを重ねる中で、印象に残っているクライアントがいます。運動や睡眠が心身に良いことは、本人もよく理解していました。実際、知識量だけで言えば私よりも詳しいくらいでした。それでも、状態は一向に改善しませんでした。
理由を一緒に探っていくと、その方にとって本当に必要だったのは「運動を増やすこと」ではなく、「慢性的な睡眠不足を先に解消すること」でした。情報としては知っていても、自分にとってどの要素が今もっとも効いているのかは、本人にはなかなか見えていなかったのです。
健康な生体は心拍・姿勢・歩行に「1/fゆらぎ」と呼ばれる柔軟なリズムを持ち、老化や機能低下とともにこのゆらぎが失われることが報告されています。さらに、歩行の質は脳の実行機能を司る前頭前野の働きと関連することも示されており、動きの質と脳の制御レベルのつながりが示唆されています。
なぜ「知っている」だけでは変わらないのか
思考の癖、身体のコンディション、自己肯定感。どの要素も、情報としてはすでに世の中に広く知られています。しかし、これらのうち自分にとって今もっとも影響が大きい要素はどれなのか、それをどの順番で、どの程度取り組むべきなのかは、自己判断が最も難しい部分です。ストレスへの反応の出方も、生活リズムも、体質も、一人ひとり大きく異なるからです。
だからこそ、専門家による個別の状態把握と調整が意味を持ちます。知っていることと、実践して変化を出すことの間には、本人の自覚以上に大きな壁があるというのが、私が現場で繰り返し見てきたことです。
本記事で紹介した「1/fゆらぎ」と「脳の実行機能」に関する研究は、それぞれ独立した研究領域のものであり、両者を直接結びつけて「メンタルの状態」に応用した研究ではありません。本記事における両者の統合的な解釈は、著者個人の見解であることをご了承ください。また、気分の落ち込みや強い不安が長く続く場合、これは体調管理の範囲を超えている可能性があります。その際は、自己判断で対処しようとせず、医療機関へのご相談をおすすめします。
まとめ
メンタルの強さ・弱さは、生まれ持った性格ではなく、脳の機能が整っているかどうかという”状態”の問題だというのが、これまでの現場経験と生理学の知見から私がたどり着いた結論です。思考の癖、身体のコンディション、自己肯定感という3つの土台を整えることが、状態を安定させる鍵になります。
ただし、どの要素から手をつけるべきかは、人によって大きく異なります。まずはご自身の状態に目を向け、把握することから始めてみてください。なかでも睡眠と食事は、良い状態を保つ土台として特に見落とされがちです。「睡眠時間を削って結果を出すのは可能なのか」「集中力が続かないのは食べ方のせいか」もあわせてご覧ください。
- Wayne, P.M. et al. A systems biology approach to studying Tai Chi, physiological complexity and healthy aging. Contemporary Clinical Trials. DOI: 10.1016/j.cct.2012.09.006(PubMedにて確認)
- Sosnoff, J.J. & Newell, K.M. Age-related loss of adaptability to fast time scales in motor variability. The Journals of Gerontology. DOI: 10.1093/geronb/63.6.p344(PubMedにて確認)
- Nguyen, T. et al. Associations between gait performance and pain intensity, psychosocial factors, executive functions as well as prefrontal cortex activity. Frontiers in Medicine. DOI: 10.3389/fmed.2023.1147907(PubMedにて確認)
- Udina, C. et al. Walking While Talking and Prefrontal Oxygenation in Motoric Cognitive Risk Syndrome. Journal of Alzheimer’s Disease. DOI: 10.3233/JAD-210239(PubMedにて確認)
世界最大の運動医学組織
1977年生まれ。2002年パーソナルトレーナーとして開業。2005年、日本で初めてとなる完全個室の表参道プライベートジム「BODY DIRECTOR」を設立。
クライアントはエンターテイメント業界のアーティストや企業経営者が中心。2007年からスタジアム・ドーム・アリーナ各種ツアーへの帯同を開始し、600公演以上の現場でアーティストのコンディショニング・栄養指導・整体・コーチングを担当。筋トレだけでは健康効果に限界があるとの考えから、生化学を基にした栄養指導、自律神経系の調整に有益な整体をパーソナルセッションとして提供。
法人クライアント:株式会社ポニーキャニオン(IRORI Records)、株式会社ヤマハミュージックエンタテインメントホールディングス、株式会社トイズファクトリー、株式会社トランジットジェネラルオフィス、株式会社ラストラムミュージック、株式会社ソニー・ミュージックエンタテインメント ほか。