喉を休めても声の回復が遅いのはなぜか|全身の炎症と回復力から考える

喉を休めても声の回復が遅いのはなぜか|全身の炎症と回復力から考える

TOMOYUKI SHIMAWAKI(島脇 伴行) トレーナー/ヘルスコーチ|BODY DIRECTOR

参考文献:査読済み臨床試験・系統的レビュー

この記事でわかること
  • 喉を休めても声の回復が遅いのはなぜか、その理由を喉だけでなく全身の状態から理解できる
  • 同じように歌っても、声がすぐ戻る人と戻らない人がいるのはなぜか、全身のコンディションの差から理解できる
  • 慢性的な炎症が声帯の回復をどう遅らせるのか、ストレスとホルモンの観点から理解できる
  • 睡眠・栄養・疲労の蓄積が、声の回復力にどう関わるのかがわかる
  • なぜ自分では「回復が遅い原因」を見極めにくいのか、その理由がわかる

ライブやリハの翌日、声がガラガラになる。これは声を使う仕事では避けられないことです。問題は、その後の戻り方です。しっかり喉を休めているのに、なぜか声の回復が遅い。何日経っても本調子に戻らない。そんな経験はないでしょうか。喉のケアの情報を調べると、たいてい「休む」「潤す」に行き着きます。確かに大切です。ですが、それでも回復が追いつかないとき、原因は喉の外、つまり全身の状態にあることがあります。私はライブ現場に長く帯同し、終演後のアーティストの身体に触れ、必要に応じて血液検査の結果も一緒に見ながら、回復のコンディションを考えてきました。この記事では、声の回復が遅い理由を、全身の炎症と回復力という観点から考えます。

<体験談> 同じ休み方、違う戻り方

同じツアーで、まったく同じスケジュールをこなしている二人のシンガーがいました。本番の負荷も、終演後の過ごし方も、休む時間もほぼ同じです。それなのに、一人は翌日には声が戻り、もう一人は三日経っても抜けない。最初は「喉の強さの差かな」と思いました。ですが、二人の生活を見ていくと、違いは喉ではありませんでした。

戻りの遅いシンガーは、ツアー中の睡眠が浅く、食事も移動の合間にかき込むような状態で、全身に疲労がたまっていました。終演後に身体に触れると、首や肩だけでなく、お腹まわりまで全体に張りがある。声帯という末端の回復は、その人の全身の回復力の上に乗っているのだと、私はあらためて感じました。同じだけ喉を休めても、土台が違えば戻り方は変わるのです。

「休めば治る」がすべてではない

声の回復について調べると、ほぼすべての情報が「声帯を休ませる」「水分で潤す」に集約されます。これは正しい対処です。急性の炎症であれば、休養と保湿で多くは回復します。私もまず最初におすすめします。

ですが、しっかり休んでいるのに回復が遅い人がいます。この場合、喉だけを見ていても答えは出ません。声帯はとても繊細な組織で、その回復は、身体全体がどれだけ「修復モード」に入れているかに左右されます。睡眠が足りず、疲労が抜けず、全身が炎症を引きずったままでは、声帯という末端の修復は後回しになります。つまり「休めても声の回復が遅い」というのは、喉の問題ではなく、全身の回復力が落ちているサインかもしれないのです。

01
睡眠
身体が修復に向かう時間。質と量が足りないと、回復そのものが始まりません。
02
栄養
修復の材料。偏った食事が続くと、組織の回復に必要なものが不足します。
03
疲労・炎症の蓄積
全身に炎症がくすぶったままだと、声帯の修復は後回しになりやすくなります。

全身の炎症が、声の回復を遅らせる

ここで鍵になるのが、慢性的な炎症と、それに関わるストレスホルモンの働きです。少し専門的になりますが、大切なところなので、できるだけかみ砕いて説明します。

身体は、ストレスを受けるとコルチゾールというホルモンを分泌します。コルチゾールには本来、炎症を抑える働きがあります。ところが、ストレスが長く続くと、この仕組みがうまく働かなくなります。

Research — Proceedings of the National Academy of Sciences, 2012

長期にわたるストレスは、コルチゾールが効きにくくなる状態(グルココルチコイド受容体抵抗)を招き、その結果、身体が炎症を適切に抑えられなくなることが報告されています。炎症がくすぶり続ければ、声帯の修復も追いつきにくくなると考えられます(PubMedにて確認)。

さらに、このコルチゾールの状態は、ストレスを受けている期間によって変わります。

Research — Psychological Bulletin, 2007

ストレスホルモンの活動はストレスの始まりには高まるものの、時間が経つにつれて低下し、ストレスの種類や期間、本人の反応によってその出方が変わると報告されています。同じ慢性炎症でも、身体の状態が人によって異なって現れうることの背景と考えられます(PubMedにて確認)。

これは、私が現場で感じてきたことと一致します。慢性炎症のある人の身体が、いつも硬いとは限らない。ガチガチに張っている人もいれば、不思議とやわらかい人もいる。その違いは、ストレス反応がどの段階にあるか、コルチゾールがどう出ているかによって生まれている可能性がある、と私は考えています。

なお、これらはあくまで仕組みを説明する研究であり、「あなたの声の回復が遅いのは必ず慢性炎症のせいだ」と断定できるものではありません。原因は人によって違いますし、複数が重なることもあります。

私が回復力を読むときに見ているもの(私は医師ではありません)

まず、はっきりお伝えしておきます。私は医師ではありません。これから書くことは、医療的な診断ではなく、トレーナー・ヘルスコーチとしてコンディションを考えるための見立てです。診断や治療は、必ず医療機関で受けてください。

そのうえで、私が回復力を読むときに手がかりにしているものを挙げます。一つは、クライアントが受けた血液検査の結果です。炎症に関わる数値を参考に、いまどれくらい身体が炎症を引きずっているか、回復に向かえる状態かを、ご本人と一緒に読み解きます。あくまで参考であり、数値そのものの医学的な判断は医療機関に委ねます。

もう一つは、生活習慣の聞き取りと、身体に触れることです。睡眠の質や量、食事の内容、疲労の出方。そして、筋肉の張りや凝り、お腹まわりの硬さを実際に手で確かめます。先ほど触れたように、慢性炎症があるからといって、いつも身体が硬いとは限りません。硬い人もいれば、やわらかい人もいる。だからこそ、一つの所見だけで決めず、血液の参考値、生活、触れた感触を重ね合わせて、総合的に考えます。この重ね合わせは、ご自身一人では難しいところです。

<体験談> 休んでいるのに、戻らない焦り

別のシンガーは、声が戻らないことに強い焦りを抱えていました。本番のあとはしっかり寝て、喉も休めている。なのに回復が遅い。「自分の喉はもうダメなのかもしれない」とまで思い詰めていました。

ですが、生活を伺い、身体に触れ、血液検査の結果を一緒に見てみると、問題は喉ではありませんでした。連日の疲労と乱れた食事で、全身が回復しきれない状態が続いていたのです。喉は、その全身の状態を映していたにすぎませんでした。やるべきことは、喉をさらに休めることではなく、全身の回復力を取り戻すことでした。本人にとっては、えっ、と思うような視点の転換だったと思います。足りなかったのは喉のケアではなく、原因を全身から見極める視点だったのです。

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自分でできること、できないこと

できることは、確かにあります。睡眠をしっかりとる、栄養の偏りを整える、疲労をためこまない。こうした「全身の回復力を支える」基本は、誰にでも共通で、取り組む価値があります。声の回復を考えるとき、喉だけでなく生活全体に目を向けることが、まず第一歩です。

一方で、自分ひとりでは見極めにくいこともあります。いま自分の身体に炎症がどれくらいくすぶっているのか。回復力がどの程度落ちているのか。それが一時的な疲労なのか、慢性的なものなのか。これらは、血液の参考値や、身体に触れた感触、生活の文脈を重ね合わせて、ようやく見えてくるものです。鏡を見ても、体重計に乗っても分かりません。チェックリストで判定できるほど単純でもありません。

なお、声を支える筋肉や呼吸の仕組みそのものについては、「発声に必要な筋肉とは何か」で解説しています。また、同じ「ライブ後の喉の疲れ」でも、緊張による力みが主な原因のケースもあります。原因の全体像は「ライブ後に喉が疲れるのはなぜか(3つのタイプ)」、力みについては「リハでは出るのに本番で声が締まるのはなぜか」で扱っていますので、あわせてご覧ください。

注意点・エビデンスの限界について

くりかえしになりますが、私は医師ではなく、本記事は医療的な診断ではありません。血液検査の数値の解釈や、病気の有無の判断は、必ず医療機関で受けてください。本記事で紹介した研究は、ストレスや炎症と身体の関係を説明するものであり、個人の声の不調の原因を断定するものではありません。また、声のかすれや違和感が2週間以上続く場合、強い痛みや出血、息苦しさを伴う場合は、声帯ポリープや炎症性の疾患など、医療的な対応が必要な可能性があります。自己判断でケアを続けず、耳鼻咽喉科を受診してください。

まとめ 声は、全身の回復力の上に戻ってくる

喉を休めても声の回復が遅い。その背景には、全身の疲労や、引きずった炎症があることがあります。声帯の修復は、身体全体がどれだけ回復モードに入れているかに左右されます。だからこそ、喉だけをケアしても追いつかないことがあるのです。

回復への道は、喉をさらに休めることだけではなく、全身の回復力を取り戻すことにあります。そして正直なところ、いま自分の身体がどんな状態にあるのかは、ご自身ひとりでは見極めにくい。血液の参考値、身体の感触、生活の文脈を重ねて、初めて見えてくるものだからです。原理は誰にとっても共通でも、あなたの回復が遅い理由は、あなただけのもの。もし「自分の声の回復の遅さがどこから来ているのか知りたい」と感じたら、一度ご相談ください。

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References
  1. Cohen S, Janicki-Deverts D, Doyle WJ, et al. Chronic stress, glucocorticoid receptor resistance, inflammation, and disease risk. Proceedings of the National Academy of Sciences. 2012;109(16):5995-5999. doi:10.1073/pnas.1118355109(PubMedにて確認)
  2. Miller GE, Chen E, Zhou ES. If it goes up, must it come down? Chronic stress and the hypothalamic-pituitary-adrenocortical axis in humans. Psychological Bulletin. 2007;133(1):25-45. doi:10.1037/0033-2909.133.1.25(PubMedにて確認)
Author
島脇 伴行(しまわき ともゆき)
BODY DIRECTOR 代表 / アメリカスポーツ医学会認定・運動生理学士 / ヘルスコーチ

1977年生まれ。2002年パーソナルトレーナーとして開業。2005年、日本で初めてとなる完全個室の表参道プライベートジム「BODY DIRECTOR」を設立。

クライアントはエンターテイメント業界のアーティストや企業経営者が中心。筋トレだけでは健康効果に限界があるとの考えから、生化学を基にした栄養指導、自律神経系の調整に有益な整体をパーソナルセッションとして提供。

法人クライアント:ポニーキャニオン(IRORI Records)、ヤマハミュージックエンタテインメントホールディングス、トイズファクトリー、トランジットジェネラルオフィス、ラストラムミュージックほか。

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