コンサートライブの最高のパフォーマンスのための健康管理システム「ヘルスコーディネーター」とは
TOMOYUKI SHIMAWAKI(島脇 伴行) トレーナー/ヘルスコーチ|BODY DIRECTOR
参考文献:査読済み臨床試験・系統的レビュー・心理学研究
- ●ライブ現場で「誰も全体をみていない」という構造的な問題が、なぜ起きるのかを理解できる
- ●アイドルグループ特有の健康リスクが、本人の自己管理だけでは解決できない理由がわかる
- ●アーティスト・アイドルを支える「ヘルスコーディネーター」という役割の中身がわかる
- ●健康を組織として支えることが、なぜパフォーマンス・創造性・キャリア持続性に直結するのか理解できる
- ●自己決定理論の観点から、外的圧力ではなく内発的動機づけを支える環境設計の重要性がわかる
アーティストの健康管理は、専門家を一人ずつ揃えれば解決するものではありません。マッサージ師、トレーナー、医師。それぞれが優れた専門性を持っていても、現場でバラバラに動いているなら、本来の成果は得られません。表参道で20年以上、アーティストのコンディショニングと600公演以上のライブ帯同に関わってきた立場から見えてきたのは、「現場全体を見渡して、目的からブレずに健康をマネジメントする司令塔」が存在するかどうかが、アーティストのパフォーマンスとキャリアの持続性を決定的に左右する、という事実でした。本記事では、その司令塔の役割を「ヘルスコーディネーター」と名づけ、なぜそれが必要なのか、具体的に何をするのかを整理します。
<体験談> 「誰も、全体をみていない」と気づいた日
※プライバシー保護のため、複数の事例を組み合わせて再構成しています。
あるツアーの帯同現場でのことです。アーティストの楽屋にはマッサージ師が常駐し、別の時間帯にはトレーナーが入り、必要に応じて医師の往診も手配されていました。一見すると、健康面のサポート体制は整っているように見えます。
けれどもアーティスト本人の表情と身体の状態を観察すると、明らかに何かが噛み合っていませんでした。マッサージは長時間行われていましたが、本人が一番疲れている部位はケアされていない。トレーニングは熱心に行われていましたが、ライブ前夜のような疲労を残したくない日にも組まれていました。栄養面では、現場で「とりあえずエネルギーになるもの」が優先され、本人の胃腸の状態は考慮されていない。
それぞれの専門家は、それぞれの専門領域で誠実に仕事をしている。けれども、誰もアーティスト本人の全体像を見ていなかった。私はそのとき、「専門家を揃えるだけでは健康は守れない。全体をつなぐ役割が必要だ」と確信しました。
なぜヘルスコーディネーターが必要なのか

私は東京の表参道でアーティストのパーソナルトレーニングジムを20年に渡り運営しています。その中で、アーティストのライブツアーやTV撮影現場で運動指導、栄養指導、整体の実施、さらにはメンタルコーチといった「舞台裏の健康サポート」を行なってきました。
業界でいち早くアーティストのコーチをはじめた理由は、今では当たり前と思われますが、アーティストもアスリートと同じく心身のコンディショニングが必要だと考えたからです。当時のアーティストというと、特にロック界隈の話ですが、お酒、タバコは当たり前で、運動なんてもちろん行なっていないし、栄養バランスなんてことも考えもしない。
この状況は応援してくれるファンの目線に立ってみても、望ましくないと感じました。プロとしての行動を健康という部分から醸成できる環境を作るべきではないかと考えるようになりました。
そして、CD売上不振の影響もあり、音楽業界のビジネスモデルが徐々にライブツアーに移行していく頃から私もトレーナーとして帯同するようになりますが、ここでひとつの気づきがありました。それは「誰も、全体をみていない」ということです。
ライブ現場にはマッサージ師としてのトレーナーが在中する事が出てきた頃です。そこに運動のトレーナーが入る現場も出てきました。また、医師が関わることもありました。
しかし、それぞれが自分の専門領域の視点からアプローチを行う傾向が強く、どうしても判断や処置に隔たりが生じやすいということがわかりました。また、専門家同士の連携がスムーズに行われることは意外なほど少なく、むしろ「自分の専門領域に引き込む」傾向が強く、チームとして機能しない場面を多くみてきました。
本来、アーティストにとって必要なのは「疲れにくく、回復力の高い心身」を保つことです。

しかし実際には、例えば「マッサージを長時間行えばいい」「とにかく筋トレをさせればいい」「にんにく注射を打てば睡眠不足でもがんばれる」など、本来の目的とはズレた方向へ進んでしまう事が多々ありました。現場には専門家が複数いたとしても、彼らの間をつなぎ、目的に向けて全体を調整・統合する役割がいない。
その結果、体調不良を招いたり、せっかくのケアが空回りしたり、無駄に時間を使い睡眠時間が減る、など。これが盲点となっているケースが非常に多い事を認識しました。
そこで、私が提案するのは、単なる「ケアの提供」ではなく、現場全体を見渡し、情報をつなぎ、目的からブレずに健康をマネジメントする「ヘルスコーディネーター」という司令塔の存在です。
これは、アーティストの要である「パフォーマンス」を守るだけでなく、プロダクションやマネジメントの心配事も減らす事ができ、結果、長期的に「続けられるキャリア」を支えるためにも、不可欠な仕組みです。
アイドルグループの葛藤

アーティストの中でもアイドルグループの健康問題は、自己管理の一言で片付けられてしまうこともあります。しかし現実には、本人の努力ではどうにもならない環境要因がのしかかっています。それは、稼働日数が多く、ダンスの練習、振りを覚える、休めない空気、プレッシャーなどです。
特に声に出しにくい体調の不調、喉の違和感、睡眠不足、胃腸障害、心理的ストレスなどは事が大きくなるまで周りも気が付きません。
専門的にはHPA軸(視床下部・下垂体・副腎軸)と言いますが、ストレス反応に対抗する体の反応にも限界があり、初期のストレス反応では上手く自分をコントロールし、周りへも明るく対応できるのですが、徐々に鬱状態に入りやすくなります。
ポピュラー音楽家を対象とした職業ストレスに関する研究(King et al., 2024)は、「ツアーストレス(Tour Stress)」を独立した職業ストレス因子として同定し、うつ・不安・アルコール乱用との関連を報告しています。アーティスト・パフォーマーという職業環境そのものが心理的負担を強めうることが、学術的にも示唆されているということです。
人によって異なりますが、数ヶ月から1〜2年、このような状態でいることは非常に危険で、今すぐにでも対処が必要です。
そのような状態に誰が気づき、誰が対応するのか。健康の指揮者として、俯瞰的な視点で現場の健康を導く役割が大切です。
<体験談> 静かに進行する不調を、誰が拾うのか
※プライバシー保護のため、複数の事例を組み合わせて再構成しています。
あるアイドルグループの楽屋に呼ばれたとき、メンバーの一人がいつもと違うことに気づきました。表情は明るく、振る舞いも普段通り。けれども声の通りがわずかに浅く、姿勢の重心が少し前にずれていました。話を聞くと、「最近よく眠れていない」と本人は笑いながら認めましたが、まわりのスタッフは誰もそれを把握していませんでした。
「言わなかったから」ではありません。本人は何度か「ちょっと疲れた」とこぼしていました。けれどもステージ前のテンションの中で、その小さなSOSは「みんな疲れてるから」「本番が終われば休める」という空気の中に紛れていました。
えっ、と思いました。これは個人の根性論で解決する話ではない。アイドルやアーティストが本気で活動を続けるためには、誰かが定点でその人の状態を見ていなければならない。本人の言葉だけに頼らず、声の質や姿勢の変化を拾える「目」が、組織の中に必要なのです。
所属アーティストの健康管理体制について、組織としてのご相談を承っています。
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どのように健康を守るのか

鍵となるのは「ヘルスチーム」を編成・統括する役割です。マッサージ師、トレーナー、医師など、それぞれが高い専門性を持っていても、バラバラに活動していては本来の成果は得られないどころか、先に説明したように自らの専門領域に引き込む傾向が現れやすくなります。
これは当然のことで、現場で自身が貢献しようと考えれば自然と自らの業務を優先して行うようになります。エンターテインメント業界だけではなく、他業種連携には、それをまとめる組織(人物)がいなければ効率的には稼働しません。
だからこそ必要なのが、全体を把握し、調整し、優先順位をつけ、チームとして機能させるヘルスコーディネーターです。
具体的に何をするのか

ヘルスコーディネーターは、単に誰かを治す人ではありません。その役割は、スケジュールとコンディションを俯瞰しながら、必要な対策を的確に割り出し、実行に移すことです。
「健康重視」の構造へ

業界の華やかな表舞台の裏には、過酷な労働環境や強制的な契約条件、過度なダイエットの強要など、アーティストの心身に深刻な影響を及ぼす問題が存在します。
これらの問題を解決するには健康重視への構造改革を行う事です。それがアーティストの創造性、パフォーマンスを高め、業界全体の持続性にも繋がります。
心理学研究では、人々が外的なプレッシャーや恐怖ではなく、内発的な動機づけによって行動する方が、パフォーマンスや創造性が向上し、持続可能な成果を生む事が示されています。
例えば自己決定理論(Self-Determination Theory)によれば、人は「自律性」「有能感」「関係性」という基本的な心理的欲求が満たされる事で、内発的な動機付けが高まり、より良い成果を生み出すとされています。
2,278名のランナーを対象に自己決定理論に基づく動機づけプロファイルを分析した研究(Blacket et al., 2026)では、自律的・内発的な動機づけを持つ群(autonomous achievers)は、運動の継続頻度と継続時間が他群より明確に高く、持続可能な活動を維持していたことが示されています。アーティスト活動においても、自律性と内発的動機を支える環境設計が、長期のパフォーマンス維持に直結する可能性を示唆します。
また、内発的な報酬(達成感や自己成長の実感など)は、モチベーションとパフォーマンスを高めることが研究で示されています。一方で、高額なボーナスなどの外的報酬は、単純な作業には効果的であるものの、創造的な作業や複雑なタスクにおいてはパフォーマンスを低下させる可能性があることも報告されています。
これらの知見を踏まえると、アイドル業界においてもアーティストの内発的なモチベーションを重視し、健康と創造性を支援する構造への移行を行うことが自然です。わざわざ、心理的負荷が高く、パフォーマンスの低い外的刺激を行う必要はもはやありません。
- 自律性の尊重:アーティストが自己の意思でトレーニング内容や将来のキャリアを選択できる環境を整える
- 有能感の支援:スキル向上のための継続的なトレーニングや専門的フィードバックを提供し、達成感を得られる機会を増やす
- 関係性の構築:アーティスト同士やスタッフとの信頼関係を築き、安心して活動できる人間関係を育む
- 健康管理の強化:休憩時間の確保、栄養知識の提供、メンタルコーチングなどのサポート体制を整備
これらの改革を通じて、アーティストが持続的に活動できる環境を整えることが不可欠です。それが、アーティストだけでなく、ファンやレーベル、プロダクションの永続性に繋がることになります。
本記事で参照した研究は、その多くがアスリート・スポーツ選手・一般職業人を対象としたものです。アーティスト・アイドルに固有の労働環境やステージプレッシャーについて、系統的な学術データはまだ十分に蓄積されていません。本記事の論旨は、これらの周辺研究を脚立としつつ、私自身の20年以上のアーティスト現場経験から見えてきた現場知をもとに構成しています。自己決定理論や内発的動機づけの理論は、特定の文化圏・特定の活動領域での検証が中心であり、すべての業界・すべての個人に同様に適用できるわけではありません。
まとめ 専門家を揃えるだけでは、健康は守れない
アーティストの健康管理は、優れた専門家を一人ずつ揃えれば解決するものではありません。マッサージ師、トレーナー、医師、栄養士。それぞれが高い専門性を持っていても、現場でバラバラに動いているなら、本来の成果は得られません。むしろ、各専門家が「自分の領域に引き込む」傾向は構造的に生じやすく、アーティスト本人の全体像を見渡す視点が抜け落ちてしまいます。
必要なのは、現場全体を俯瞰し、スケジュールとコンディションを統合的に判断し、専門家チームをまとめる「ヘルスコーディネーター」という司令塔の存在です。これは単なる肩書きではなく、組織として設計し、責任と権限を与えるべき役割です。
健康を組織として支えることは、アーティストのパフォーマンスを守るだけでなく、創造性、活動の持続性、そしてプロダクション・レーベルの事業継続性にも直結します。外的な圧力で短期成果を絞り取るのではなく、内発的な動機が育つ環境を組織として整えること。それが、これからの業界が向き合うべき方向性です。
所属アーティストの健康管理を「個人の自己管理」から「組織のインフラ」へ。その仕組みづくりに関心をお持ちのレーベル・音楽プロダクション・事務所の方は、ぜひお気軽にご相談ください。
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- King B, Koenig J, Berg L. “Popular Musician Occupational Stress and Psychological Ill Health: An Exploratory Factor Analysis.” Medical Problems of Performing Artists. 2024;39(2):72-81. DOI: 10.21091/mppa.2024.2010(PubMedにて確認)
- Blacket CT, et al. “Why do we run? A cross-sectional analysis of motivation profiles and training characteristics in the Garmin-RUNSAFE Running Health Cohort Study.” Journal of Science and Medicine in Sport. 2026. DOI: 10.1016/j.jsams.2026.06.004(PubMedにて確認)
- Deci EL, Ryan RM. Intrinsic Motivation and Self-Determination in Human Behavior. Plenum Press; 1985.(自己決定理論の基礎文献)
- Ryan RM, Deci EL. “Self-determination theory and the facilitation of intrinsic motivation, social development, and well-being.” American Psychologist. 2000;55(1):68-78.(自己決定理論の代表的レビュー)

1977年生まれ。2002年パーソナルトレーナーとして開業。2005年、日本で初めてとなる完全個室の表参道プライベートジム「BODY DIRECTOR」を設立。
クライアントはエンターテイメント業界のアーティストや企業経営者が中心。2007年からスタジアム・ドーム・アリーナ各種ツアーへの帯同を開始し、600公演以上の現場でアーティストのコンディショニング・栄養指導・整体・コーチングを担当。筋トレだけでは健康効果に限界があるとの考えから、生化学を基にした栄養指導、自律神経系の調整に有益な整体をパーソナルセッションとして提供。
法人クライアント:株式会社ポニーキャニオン(IRORI Records)、株式会社ヤマハミュージックエンタテインメントホールディングス、株式会社トイズファクトリー、株式会社トランジットジェネラルオフィス、株式会社ラストラムミュージック、株式会社ソニー・ミュージックエンタテインメント ほか。
英語・韓国語記事
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